ナルシシズム(narcissism)4

 

『ナルシシズム(narcissism)3』で自己愛人間の6つの特徴を挙げました。

以下にⅠ~Ⅵまでひとつずつ、その心理的背景について解説してゆきます。

 

 

Ⅰ 心の奥底に潜む強烈な恥への意識

 

自己愛人間(ナルシシスト)の特徴として『心の奥底に潜む強烈な恥への意識』を最初に取り上げたのは、『屈辱感』は自己愛人間にとって、最大級の苦痛をもたらす感情であるからです。私の認識では、乳幼児期に、恥の感情をうまく処理する方法を学んできたかどうかが、自己愛人間を形成する重要な分岐点になると捉えています。

 

誕生から『わたし(自己)』獲得までの経過をたどり、恥の意識がどの段階で発生するのかを追ってみます。

 

他者という概念の獲得

 

生後間もない乳幼児の自己感は、母親(養育者)との融合状態にあります。うっとりする眼差しを自分に向ける母親の顔を、自分の一部と捉えます。同時に母親の圧倒的な力強さはそのまま自分の力強さと感じています。

 

乳児は2~4ヶ月の間に、ミルクを飲ませてくれる柔らかく温かい特定の養育者を認識するようになります。その養育者にだけ特別な微笑み(選択的微笑)を与えるようになり、その養育者との「共生(心理状態)」が始まります。

♪ふたりのため~世界はあるの~~♪ の状態です。

 

共生状態の過程で、乳児は母親以外の人間を認識し始め、じっくりと観察し母親とは違うことに気づきます。

抱っこされるとその相手と母親を見比べます。手を伸ばし、母親とは似て非なる鼻や口に触れようとします。やがて不安を感じ、自分の世界である母親へと手を伸ばします。

 

ここに至って乳児は、他者という概念を得たことになります。

しかし自分の母親(養育者)が「わたし」ではなく他者の一人であることに気づくには、もう少しの時間が必要です。

 

練習期の始め

 

生後7~10ヶ月になると、母親から離れ、未知の世界へと自力での探検に出発します。ハイハイしからよじのぼり、つかまり立ちへと進みます。自力で移動できるようになり、母親と物理的距離を得たことで、母親を分離した存在として捉えることができます。しかし心理的には、母親はまだ自分の延長にあり、分離した別の人間ではありません。

 

生後10ヶ月~1歳半頃の乳幼児は、「練習期」と呼ばれます。歩くことができるようになり、様々な冒険や実験に夢中になります。このころの乳幼児は、実験を繰り返す研究者とも言えます。

 

勢いよく水たまりを踏むことを、何度も何度も繰り返し、毎回同じように水が跳ねることを発見します。地面を歩くアリの後をにつけてゆき、巣穴から出たり入ったりする様子を観察します。わざと斜めになった土手を歩き、体のバランスが崩れることを繰り返し確認します。ときには転んで、その衝撃と痛みに驚き泣きだします。

 

この頃の乳幼児は、どんどん広がる広い世界への不安や、思うように動けない苛立ち、発見の興奮や喜びなど様々な感情に出会いますが、まだ自分では感情を処理できません。母親と融合した状態にあってはじめて処理できるのです。

 

冒険を終えた子どもが母親の腕の中に戻ったとき、子どもの気分に同調し共感的な反応ができるかどうか、それが子どもの脳の発達に大きなな影響を与えることになります。

 

練習期の終わり

 

乳幼児は、練習期の初め(生後10~12ヶ月)と終わり(1歳半前後)の二つの時期に、情緒を調節する脳の機能がどんどん進むことがわかっています。

 

練習期の終わりの頃、幼児は養育者の助けを少しずつ減らしながら、自分で激しい感情を和らげる方法を学んでゆきます。その過程で自信をつけながら、一歩づつ心理的な自立へと向かいます。

 

生後10ヶ月頃から、幼児は1日のうち約6時間ほどを遊びに費やすようになリます。最初の頃は母親も一緒に遊んだり世話を焼いてくれますが、活動範囲が広がるにつれて母親の「ダメ!」「いけません!」が増えてゆきます。

 

幼児の社会化を促すためには、好ましくない態度や行為を抑制しなくてはなりません。幼児が上機嫌で熱中しているお楽しみを手放すよう説得するために、幼児の強い恥の感情に訴える必要があります。

 

幼児が生まれて初めて味わう恥の体験は、「母親と融合している自分」を打ち砕く強烈な体験となります。母親に叱られ、幼児の顔は恥辱にまみれ、喜びや活気は一気に消失し、大いに傷つきます。上機嫌はやがて気分の低下した軽い抑うつのような状態に変わります。「母親は自分とは異なる存在」であり「自分は万能であり全て思いのまま」ではないことを教える、非常に重要で有益な傷となります。

 

このような気分の低下を何度も繰り返すことで、エネルギーの消耗を抑え、感情を抑制する脳の領域の発達を促します。

 

1歳児にとって「恥」の感情は心に大きな痛みをもたらします

その苦痛を和らげ、癒すためには、幼児の気持ちを敏感に察し受け止める母親(養育者)の助けが必要となります。やさしい眼差し、柔らかな手や胸の感触、暖かく思いやりに満ちた言葉‥、愛情が傷ついた幼児の心をやさしく包み癒してくれるのです。

 

『上機嫌 → 叱られるショック → 恥の意識 → 慰め→ 傷つきからの回復』この一連のプロセスが、恥の感情をうまく処理することを学び、健全な自己感を獲得する重要な練習期となります。これによって幼児は、気持ちが傷ついても回復できること、自分にはその能力があり、母親が信頼できる存在であること、を学ぶわけです。

 

脳が発達し、色々な感情を処理できるようになるまでは、母親(養育者)の共感とやさしい対応によって、幼児を耐え難い恥の感情から守ってやることが必要不可欠なのです。このプロセスを経ずに次の段階に進むと、幼児は自分を恥ずべきものと見做し、「自分はダメな存在」と感じたまま成長してゆきます。

 

この練習期が終わる頃(1歳~1歳半)、あれほど自信たっぷりに冒険に繰り出したときの誇大感は砕け散り、気分は不安定になります。自分の弱さに気づき、母親の姿が見えないと不安に陥ります。母親がそばにいるときには不安を解消するため、何でも母親と同じに分かち合うよう要求します。

 

再接近期

 

1歳半から3歳頃の幼児は、練習期の頃よりずっと怖がりになります。母親との融合感が消失し、以前のような万能感や誇大感も持てなくなるからです。幼児の気分や行動にアンビバレンスが現れ始めます。母親にべったりとはりつき、融合の喜びを取り戻そうとする一方で、怒りや不満をあらわに母親から離れ、自立を主張します。

 

この頃の激しい癇癪は、新たに広がる相対的な世界の中で、自分の立場をはっきりと理解できたこと、偉大でやさしい母親に対する独占支配権を失ったこと、への怒りといえます。

 

母親にしがみついたり離れたりを繰り返すなかで、やがて四歳を迎えるころ、幼児は現実的な自己感をもち、母親をはじめ他者は独立した存在であることを認識し、尊重することを学びます。

 

母親との融合 → 分離 → 固体化 (わたし)

 

幼児の2~3歳ころは、誇大感や万能感、自己中心的な思考、恥に対する過剰な反応、他者との境界意識の欠如‥‥が正常な自己愛の段階と言えます。

 

この成長段階をうまくクリアするためには、養育者の助けが欠かせません。恥の感情を適切に処理し、怒りをうまく制御できるように導く必要があります。他者が無数に存在する世界で生きる方法を、身につける重要なプロセスなのです。

 

母親(養育者)との融合から脱して、徐々に固体化する「分離 → 固体化(わたし)プロセス」をうまく通過できなければ、2~3歳の自己愛を抱えたまま成長してゆきます。

 

それが自己愛人間への誕生へとつながり、いくつかのパーソナリティ障害を引き起こす誘因ともなってゆきます。(続く)

 

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