「Universe 25」


 

この記事は以前ブログにupしたものですが、ブログ開設以来とくにアクセスの多い記事の一つなのでこちらへ転載します。

 

 Universe 25

 

 人類はどこへ向かうのか? という問いに対する答を生態学から探求しようという試みとして、過去にとても面白い実験が行われた。

 

動物の特定の種の個体数はどのように決まるのか。たいていの場合、動物は捕食者と被食者の関係性「食物連鎖(食物網)」によって生態系が形づくられ、種の「人口(個体数)」が決定される。

 

では、捕食者である「天敵」のいない、ある意味「パラダイス」ともいえる環境では、動物はどうなるのだろうか? という、マウスを使った一連の実験が1960~1970にかけて行われた。

 

種の個体数は無制限に増え続けるのか?

パラダイスでの動物社会はどのような発展をとげるのか?

 

以前に編集の仕事関連で読んだのだが、その実験結果にとても面白い・・というよりちょっと恐ろしい印象を受けた。(関連記事がネットでも読める。英国王立医学会雑誌 Journal of Royal Society of Medicine   p80-88 に掲載)

 

この実験は、「天敵」のいない人類の行く末を占う手がかりともなるものであった。

勿論、人間とマウスは同じではないが。

 

そのなかでも特に有名な実験は、動物行動学者のジョンB.カルフーンによって行われた「Universe 25」である。この実験は、ネズミの社会行動や適応に関する研究を目的とした。

 

もしマウスに食料や水を充分に補給し、病気を予防して天敵のいない環境に住まわせたら、どのように個体数が増え、どのような行動パターンによって社会を作り上げてゆくのか?

 

「Universe 25」はまさにそのような環境を整え、大規模な、そして人工的な「世界」を造り上げ、そこにマウスを放つという実験であった。ジョンB.カルフーンは5年を越える期間にわたって何世代ものマウスを観察し続けた。

 

適切な気温と湿度を保たれた室内に2.57メートル四方の大きなケージを設置し、健康なマウスのつがい4組(21日齢)を入れたところから実験は始まった。

 

ケージ内は彼らが住みやすいようにさまざまな工夫が施され、巣材は無限に供給された。最初8匹だったケージ内の「マウス人口」はねずみ算式に順調に増え続け、約7ヶ月後、親マウスは150匹子どもは470匹ほどに増加していた。

 

ところが、それ以降増え方はゆっくりとなりはじめ、マウスの行動パターンに予想外の不自然な変化が見られるようになる。

 

「Universe 25」のケージ内は、15匹のマウスを楽に収容できる巣作りスペースが256個用意されていた。ふつうに考えると、巣作りスペースそれぞれに平均して分布しそうなものだが、そうはならず、過疎地では13匹、最過密地域では約8倍の111匹の個体が窮屈に暮らしていた。

 

マウスはふつう一匹ずつ単独で活動するのだが、過密地域ではどういうわけか、同じ時刻に、皆いっせいにえさ場に行くようになった。1匹で食べているマウスの様子はどこか不安げで、やがて大勢で混み合っているえさ場に向かうようになる。

 

マウスは本来「テリトリー(なわばり)」をもっており、縄張り行動によって他の個体とのコミュニケーションをはかり、「規律」ある生活をするのだが、増加率が低下する頃から次第にテリトリーをもたないマウスがでてきた。

 

彼らのオスは、本来なら敬遠される床の中心部に非活動の「引きこもり」になって暮らすようになった。引きこもりマウスは積極的に他の個体と関わるのを避け、また他のマウスからも相手にされなくなったが、ときには他の仲間に対して悪質な攻撃を仕掛けることもあった。

 

また、テリトリーをもたないメスも、ふつう避けるはずの高いエリアに「引きこもり」状態となり、子どもをつくることもなく、ただただヒッキーとして暮らすようになった。

 

「引きこもり」以外のマウスはどうなっただろうか。

マウス社会では、通常テリトリーを守るのはオスの役割であり、子どもを守り育てるのはメスの役割である。ところが、この段階になるとメスがオスの役割を引き継ぐようになった。メスもテリトリーを守る社会的行動に出て、他の個体を攻撃するようになり、次第にその攻撃性が子どもにまで向かうようになってしまったのである。

 

子どもは母親から攻撃され、傷つき、本来の巣離れよりも早く巣を出ることを余儀なくされる。追い出された子どもは、多くの場合結局「引きこもり」マウスになってしまうのだった。

 

本来、メスは危険を察知すると子どもを守るための行動をとり、安全な場所へ子どもを運ぶものである。しかし、この社会発達段階の母マウスは、なぜか運んでいる途中で子どもを落としてしまったり、または子どもを無視して自分だけが移動したりするようになった。見捨てられた幼いマウスのほとんどはそのまま放棄され、最後には他のマウスに食べられてしまうのだった。

 

以上のような生育の異常だけではなく、妊娠率も下がり、また流産率が上がるなど、マウス全体の出生率が急激に低下していったのである。

 

「テリトリー」をもたないオスの行動は、ますます異常になっていった。マウス社会での求愛行動は決まっており、自然界のマウスはそのルールに従って行動する。オスのマウスは気に入ったメスがいると後を付いてゆき、メスが自分の巣に入ると、その入り口付近で求愛行動をとりながらメスが出てくるのを待つ。

 

ところが求愛ルールを無視したオスが増え始め、メスが巣に入るとその後を付いて一緒に入ってしまうというストーカーマウスが登場する。また、成熟していないメスに交尾行動をとったり、オスに交尾行動をとる異常なマウスも出現し始める。

 

そして560日が経ったとき、ピーク時には約2000匹に達したマウス人口の増加が突然止まる。乳児の死亡率は急増し、社会の高齢化が急速に進むなか、とうとう600日目に出生の数を死亡数が上回る。920日目に最後の妊娠が確認されたが生まれることはなかった。そして、その後も生き延びた高齢化したマウス122匹(メス100、オス22)は、1780日目に最後のオスが死亡し、あとは滅亡を待つばかりとなる。

 

「Universe 25」のあまりにもはやい終焉であった。

 

その後、生き残ったメスたちは地獄の「パラダイス」から救出され、他の健康なマウスと一緒に暮らすことになる。しかし生き残りのマウスたちは他のマウスと関わることなく、残りのチュウ生を精神を病んだまま過ごし孤独に死んでいったという。

 

 

「Universe 25」の実験では、実際には膨大なデータに基づいたあらゆる角度からの分析が行われているのだが、概要を知るだけでも、何だかひじょうに考えさせられる実験ではないだろうか。。。