GO / NO GO課題」(4)
ヒトの脳のいろいろな機能が発達するのに要する時間は、それぞれの機能の必要度に合わせてほぼ決まっている。たとえば、視覚を司る神経ネットワークは、サルでは1歳頃まで、ヒトでは4歳頃までに発達する。
この間に、脳の中では視覚に関する神経ネットワークが可塑的変化(神経細胞の形態を変えずに、新たなネットワークを構築していくこと)が起きており、ものを見るための神経系をつくる。このシナプス(神経細胞)の変化によって、ネットワークが劇的に発達する時期のことを「感受性期」という。
ヒトの脳で感受性期がもっとも長く続く部位が、前頭連合野。感受性期のピークは10歳頃までだが、なんとその後も前頭連合野は、感受性期と似た状態が25歳前後まで続くという。言い替えれば、前頭連合野は25歳まで未熟なままなのだ。そんなに長期にわたって成長し続ける部位は他にはない。
感受性期がそれほど長いということは、前頭連合野のネットワークが複雑かつ緻密で、発達するのにそれだけの時間を要するということである。この前頭連合野は、前にも書いた通り、さまざまな知性をコントロールして高度な精神活動を行い、複雑な社会に適応するための機能を司る。つまり、ヒトを「人」たらしめる最重要な脳領域といえる。
なぜ、ヒトの脳は未熟な期間が異常なほど長いのか?
人類が発祥し、単純な群れ社会から現代の複雑な文明社会まで、ヒトの営む社会構造は急激な変化を続けている。そうしたなかにあって、ヒトは、遺伝子に組み込まれた過去の適応力よりも、複雑多様な現実に対応できる、柔軟性を備えた適応力を必要とした。
そうした複雑な社会に適応するためには、戦略的にとにかく学ぶ期間を延長しなければならない。その結果、感受性期を長くすることで前頭連合野の発達期間を延ばし、十分な現実適応システムを構築できるようにしたというわけ。つまりヒトの脳の感受性期とは、「複雑な社会の中で上手に生きながら子どもをつくり、その子どもをきちんと成人まで育て上げること」を目的とした、高度な生き残り戦略のひとつといえる。
しかし「GO/NOGO課題」や他の実験データによって、現代の子どもたちの脳が戦略通りに発達していないことがわかってきた。これは何とかしなければならない、そういう事態なのだ。
だからこそ「GO / NO GO課題」(2) で述べたように、感受性期のあいだは特にていねいに、戦略に沿った脳育てをしなければならない。でなければ、前頭連合野は未達のままに終わる・・ということもあり得ることを、世の親たちは知っておく必要があるだろう。