4層構造による性格論(5)

 

誕生から乳幼児期のほんの1~2年の間に、養育者との間に育まれる「愛着関係形成」、その後の「分離」から「固体化」「部分対象関係」から「全体対象関係」へと発達段階を移行しますが、その過程で「狭義の性格(人格)」が形成されます。

何らかの原因により、それぞれの発達が順調に段階を経ることができなかった場合、その環境的要因と、もって生まれた遺伝的要因の相互作用によって、「狭義の性格(人格)」はその後の人生に生きづらさというかたちで影響を与えることもあります。

よくアダルト・チルドレン(AD)という概念で説明されますが、幼児期~思春期を通じて適切な親の愛情が得られず、成人してからもそのトラウマが日常生活や対人関係にマイナスの影響を及ぼすことがあります。けれども、このよううなケースでも「狭義の性格(人格)」を育む乳幼児期には、たいていの場合、養育者(母親)との間に(程度の差こそあれ)愛着が育まれている場合がほとんどなのです。

つまり、いわゆる機能不全家族で育った子どもが抱えこむトラウマは、乳幼児期の「狭義の性格(人格)」ではなく、「習慣的性格」にその影響が反映されることがほとんどのケースであるということです。

「習慣的性格」については事項で詳しく述べますが、簡単に言えば、置かれた環境の中で自分を守るために身につけた役割や手段を、習慣的に反復することで形成された個性・・・ということになります。

というわけで、成人してからはほとんど変えることのできない「狭義の性格(人格)」はそのままであっても、「習慣的性格」については、人生のどの時点でも本人の決意によって改善に取り組むことができ、人生を生きやすく変容させてゆくことが可能となるのです。


養育者(母親)との愛着形成の有無が最大要因となる「狭義の性格(人格)」についてもう少し説明します。

実際にはめったにないケースですが、乳幼児期の段階で養育者(母親)からの愛情と世話をまったく受けられず、養育者との間に愛着関係が育まれなかった場合、「狭義の性格(人格)」にどのような影響を及ぼすのでしょうか。つぎに乳幼児期の発達心理学についての研究学説をいくつか紹介します。


アンナ・フロイト(児童精神分析)

フロイトの娘であるアンナ・フロイトは、戦時中にナチスから逃れて父とともにロンドンに亡命し、戦時下で保育所を開設しました。そこでアンナは、乳幼児期に母親から引き離された子どもたちは、その発達にどのような影響を受けているかを仔細に記録します。

そのなかでトニーという男の子のケースについて、貴重な報告がなされています。トニーは、2歳9ヶ月で保育所に入所する以前から、父の兵役や母の病気などによってあちこちをたらい回しにされながら生きてきました。

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(トニィは)恐ろしいほど人間に無関心になってしまったことがわかった。顔立ちは非常によいけれども、表情がなく、たまに作り笑いをするくらいである。恥ずかしがることもないし、出しゃばることもなく、自分の置かれたところに平気でいることができ、新しい環境に全く恐れを感じていないようであった。どの人にも区別をつけることなく、誰にもしがみつかず、誰をも拒否しなかった。(略)ただ唯一の異常な特徴は、全ての感情が全くないと思えることであった。

(『アンナ・フロイト著作集3・4』家庭なき幼児たち・訳 中沢たえ子/岩崎学術出版社)
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トニィは、全ての職員の誰にも懐こうとしなかったといいます。アンナは彼を「氷のような」と形容します。後に「愛着障害」と名付けられる症例です。

その後トニィは他の子どもたちから離され、一人の看護婦に専属で付き添われます。トニィは看護婦の膝の上に抱かれて過ごす時間ができたことにより、彼の堅く凍った心は徐々に溶け始めます。

こうした、乳幼児期に養育者(母親)からの愛情を受けられず、愛着形成ができずに情緒的引きこもりを起こす例として、別のケースも報告されています。

同じような身の上のエベリンという女の子は、ことあるごとに感情を爆発させ、感情の発作のままに泣いたり怒ったり笑ったりを繰り返します。

エベリンのように、無感情となったトニィとはまったく逆の、激しい感情に翻弄される症例も、根底は同じ、早期に養育者(母親)の愛情と世話を受けることができなかった、母性剥奪による愛着不全が要因と考えられます。

この二人のケースでは逆のかたちとなって症状に表れていますが、その個性の違いは、おそらく二人のもって生まれた遺伝的要因との相互作用によるものが大きいのではと推測します。(つづく)