行動療法・認知行動療法

 

行動療法

 

治療の焦点を過去ではなく「現在」にあて、問題となっている症状の客観的な測定や制御が可能なケース(行動)のみを治療対象とする療法。

 

対象の症状としては、不安、不登校、チック、神経症、強迫症、心身症などがあり、他の心理療法と比べ、効果が認められています。

 

もともとは動物実験などで確認された学習理論・行動理論を、人間の心理や行動にも応用しよう、というところから始まっています。

 

動物の行動実験では「条件付け」という学習理論があります。

ある行動とその直後に与えられるフィードバック(「報酬」であったり「罰」であったり)とが脳の働きによって関連付けられるため、その「行動」が生じる頻度を増やしたり減らしたりと誘導することができるのです。

 

たとえば、飼い主が犬に「お座り」を憶えさせたい(学習させたい)とき、「お座り」という声かけに対して犬がお座りの姿勢を取ったら、直後に餌を与えます(報酬)。それを繰り返すと、その行動(座ること)の頻度が増えていきます。

 

つまり「お座り」を学習させることができるわけです。この学習により、飼い主は段階的に犬に憶えさせたい行動により近いもの、より高度なものに誘導していくことができます。こうして一夜にして達成できないより複雑な芸でも、動物は段階的に学習していくことができるのです。

 

逆に、好ましくない行動、止めさせたい行動の頻度を減らすように誘導することもできます。それまで与えられていた「報酬」を、好ましくない行動をしたときにだけ与えないようにするわけです。

 

あるいは、動物が不安のために避ける行動を学習している場合には、その行動をしても嫌なことが起きないことを繰り返し経験させることで、不安のための回避行動を無くしてゆくことができます。これを不安反応の「消去」と呼びます。

 

一度学習された不安反応は、脳の「扁桃核」に記憶されていると考えられています。

「消去」は、繰り返し繰り返し不安を引き起こしていたはずの外的刺激を与えながら、本当はその刺激によっても不安なことは起きないという経験を続けさせることによって、次第に大脳皮質の「前頭前野」が「扁桃核」の活動を制御するようになります。

 

体質的に前頭前野機能の高い人は比較的容易に「消去」することができますが、前頭前野機能の低い人はなかなか「消去」できにくいのす。

 

動物実験で明らかになってきた学習理論を、人の心の問題に対して当て嵌めたもの「行動療法」です。

 

その行動療法で目立った効果を上げたのが、不安障害に対して不安消去の理論を使った「行動療法」の一つである『暴露療法』です。

 

曝露療法は、基本的に「クライエントさんが避けているものにあえて向かわせる」という、やや苦痛を伴う治療法ですが、それだけ本人の治したいという意識が高ければ、ひじょうな効果を得られる療法でもあります。

 

例えば、単純恐怖症の一つである高所恐怖症に対する治療では、わざと患者を高い場所に連れて行きます。そして「不適切で過剰な不安反応」によって不安にはなるけれども、本当に大変なことにはならない、という経験を繰り返し行っていくことで「消去」につなげてゆきます。

 

同時に、不安反応自体もしばらく経過を見ていると次第に減っていく、ということをしっかり経験してもらいます。

 

そうした経験を繰り返し繰り返し経験することにより、徐々に不安反応は「消去」されます。実際に単純恐怖症のほとんどは、このような単純な理屈と単純な治療法で改善することが示されました。

 

 

認知行動療法(CBT)

 

行動療法が効果を発揮するためには、クライエントさんが自ら不安を引き起こす状況に身を置き、進んで不安を体験することが必要であり、不安から逃げていてはけっしてうまくいきません。不安から逃げることを「回避」といいます。人の場合には、物理的回避だけではなく、頭の中で「回避」してしまうことがあります。

 

たとえば『暴露療法』で、パニック障害によってそれまで乗れなかったバスに乗るように指示したとき、その人が信じているお守りを持つことで「強力なお守りがあるからバスに乗っても大丈夫」と思い込もうとする場合など、不安の本質から目をそらす「回避」となり暴露療法の意味が無くなります。

 

こうした事例から、人の認知のプロセス(外的刺激や客観的状況をどのように解釈し受け容れるか)を扱う『認知理論』を組み合わせることも必要となってきました。その結果『行動療法』に、認知を操作する『認知療法』を加えた『認知行動療法』が生まれたのです。

 

悲観的・非現実的な認知を修正していくための「認知的アプローチ」と、非適応的で不必要な行動を改善していくための「行動的アプローチ」の2つの技法を組み合わせた『認知行動療法』は、不安障害だけではなく、ADHD、うつ病、過食症などの摂食障害、対人関係の問題などにも応用され、一定の効果を上げています。

 

特に、強迫性障害(強迫神経症)に対しての効果を科学的に実証された心理療法は、曝露療法を中心とした『認知行動療法』しかありません

 

『認知行動療法』の目標はひじょうに具体的にかつ明確化され、それに応じて療法期間は比較的短期間(数週間〜数ヶ月程度)であることが多いといえます。ただ、うつ病に関しては、うつ病に特化した認知行動療法を長期間行うことでかなりの成果をあげることが実証されています。

 

また最近では長期によって行う、情動のコントロールを目的とした弁証法的行動療法(DBT)が、境界性パーソナリティ障害などのパーソナリティ障害に対しての有効性を実証しています。

 

 

投薬治療と認知行動療法

 

不安障害などは、抗不安薬などの投薬治療によってその時点での不安を軽減したとしても、かえって「不安の消去」という脳の機能を阻害することになり、不安の克服ができなくなることがあります。

 

飛行機恐怖症の人たちに、抵不安薬を服用する人とプラセボ(偽薬)を服用する人とのフライト実験を行いその結果が報告されています。

 

抵不安薬を服用した人たちは、1回目はプラセボを与えられた人よりもフライト中の不安は少ない傾向でした。

しかし2回目以降のフライトでは、1回目のフライトの時に抗不安薬を与えられた人は2回目のフライトの時はかえって不安が強くなっています。

 

さらに2度目のフライト中にパニック発作を起こしてしまった人の数の結果は、プラセボ投与群の人たちは2回目のフライトでは激減しているのに、抗不安薬投与群の人たちでは激増という結果に至ります。 

 

結論として、はやり動物実験と同じように、人間でも抗不安薬を使ってしまうと不安の克服が阻害されてしまうことになります。

 

他のすべての心理療法にも言えることですが、行動療法・認知行動療法もまた、良い結果を出すためには、クライエントさんが「治そう、治したい」という前向きの意識で自らの不安反応に立ち向かってゆくことが必要なのです。

 

以上のように、精神疾患の治療においては「今、楽になること」と「治していくこと」が一致しないことが多々あります。精神疾患における本当の意味での「治療」は辛さを伴うこともあります。

 

すべての心理療法にいえることですが、回復へ向けて最もたいせつなことは、クライエントさんの「変わりたい!」という強い思いであることは間違いありません。