脳に投影される世界 (4)


前ページの分割脳の実験の記事で、余分な解釈を加える左脳よりも、右脳の方が確率の課題に対し正しい判断をくだした、という実験結果を書いた。

同じように、確率の実験をネズミに行うと(これは分割脳ではない)、人の右脳と同じように最も確率の高い方法を選択するのだという。うーん、不思議である。


分割脳の左脳・右脳へ、同時に別の情報を提示する実験

さらに次のような実験結果がある。
「分割脳」の患者さんの右脳と左脳に、別々の情報を与えて、脳がどう認識するかという課題。

分割脳の患者さんの目の前に、映像によって、右側(左脳)の視野に「鶏の足」の絵を、左側(右脳)の視野に「雪景色」の絵を、それぞれ同時に提示する。 当然、「鶏の足」の絵は左脳の視覚野に、「雪景色」は右脳の視覚野にそれぞれ投影される。

患者さんの前にあるテーブルの上には、左右に分けて、それぞれいろいろな絵が選択できるように置いてある。
次に、今見ている映像の絵と関連する絵を選択するように指示される。 
 
すると、左脳には「鶏の足」のイメージがあるので、左脳が支配する右手はそれに関連した「鶏の頭部」の絵を選択する。同様に、右脳には「雪景色」というイメージがあるので、右脳が支配する左手はそれに関連した「雪かき用スコップ」を選択する。

ところが、分割脳の患者さんの左脳には言語中枢があるけれど、右脳にはない。したがってこれまでの実験同様に、右脳はなぜ自分が「雪景色」に関連した「雪かき用スコップ」を選択したのか、その理由を言語的に説明することはできないはずだ。

そこで、この分割脳の患者さんに「なぜ、あなたは雪かき用スコップを選んだのですか?」と聞いてみる。
すると、実に面白いことに次のような答えが返ってきたのだという。


「あたりまえでしょ。「鶏の脚」なら「鶏の頭部」だし、鶏小屋を掃除する「スコップ」も必要だからね!」

つまり、左脳がしゃしゃり出てくるのである。

右脳が支配する左手がなぜか「雪かき用スコップ」を持っているのを観察し、左脳なりの方法「左脳が認識できる情報の範囲内での(苦し紛れの?)推測」で、左手の行動の理由について後付け解釈を行ったというわけだ。

言語中枢を持たない右脳の、言語を超えたところでの正確かつ緻密な認知システムはすごい。

これまでのさまざまな「分割脳実験」によって得られた、認知心理学・脳科学の理論が指し示すのは、自分自身では意識化することができず、言語化して説明することもできない、右脳の『潜在的な認知の無意識的なプロセス』の存在である。

しかし、それ以上に興味深いのは、左脳の『人間の意思や信念を作り出す、一種の解釈装置』があることが示唆されたこと。

もしかしたら、自分で「行動の動機」と考えているものが、真の行動動機などさておき、左脳が勝手にいかにも風な後付け解釈をしただけの、でっちあげ動機かも? と、疑問が湧いてくるのである。(別に左脳に敵意を持っているわけじゃないけど)

それを人は自分の「意志」であると思い込んでいるだけなのかもしれない。というか、その可能性のほうが大きいのだ。(つづく)