脳に投影される世界 (3)


マイケル・S・ガザニガの『分割脳実験』


言語機能の無い右脳が、「瞬間提示された単語を認識できないままに、自動的に単語が示す正しいモノを掴みとった」ということは、ある意味すごいことである。
右脳には「無自覚的、無意識的な知性(言語中枢に依存しない認知)の存在」があることが推測できるというのだから。

つまり、ある課題を実行するために脳が情報処理を行っていても、自分自身はその情報処理の存在にまったく気づかないことがあるということなのだ。この意識化(言語化)できない情報処理プロセスの事を「潜在的認知」と呼ぶ。

心理学者であり認知神経科学の研究者でもあるマイケル・S・ガザニガも、分割脳患者による数々のユニークな実験を行っている。

ガザニガの著作は何冊か翻訳されているけれど、人間社会の可能性への示唆に富んでおり、とても面白かった。

言語メッセージを行動に移す実験

「右視野(左脳)」と「左視野(右脳)」それぞれに、「笑え、右手を上げろ、ボールをつかめ」などと行動を指示する言語メッセージを提示して、そのメッセージに従った行動ができるかを観察する。

その結果、言語中枢のある左脳が担当する「右視野」への言語的メッセージは、当然言語的に理解されて、そのメッセージ通りの行動ができる。被験者は笑い、右手を上げ、ボールをつかむ。

ところが、言語中枢のない右脳が担当する「左視野」への言語的メッセージも、「笑え、右手を上げろ、ボールをつかめ」という文字を言語的に理解することができない(何が書かれているか意識化・言語化することができない)にも関わらず、そのメッセージ通りの行動ができてしまったのだ。

この実験でも、人には自分自身が意識せずとも、脳の内部で無自覚的・無意識的に働く情報処理システムがある、ということがわかった。言語機能を必要としない(超えた?)、自分では知ることができない認知機能(知性)「潜在的認知・無意識的プロセス」の存在を示したのだ。

右脳と左脳の確率に関する情報処理

たとえば、つぼの中に70個の黒いボールと、30個の白いボールが入っている。次々にこのつぼの中から適当にボールを取り出していった場合、それが黒いボールか白いボールかを当てるという課題がある。

圧倒的に多かった当て方は、黒、黒、黒と答えてゆき、7割くらい黒と答えたところで、そろそろここらで白、と答える方法。まあ、心情的にはしっくりくる方法ではある。

しかし正解は、ただひたすら黒と答えること。それが最も確率の高い方法となる。

前者の場合は当たる確率は約6割、後者の場合は100個のうち黒が70個だから当然7割となる。(前者の場合の確率計算はよくわからんので割愛)

その課題を分割脳にやってもらうとどうなるか。
左脳は、前者のように実に人間味にあふれた回答だった。3割ある白い玉に気を取られて、ときどき頃合いを見て「白」と答えてしまうわけ。

しかしこの課題を右脳だけに出すと、右脳はひたすら「黒」としか答えない。という、実に正しい判断を下した。

「知性脳」「論理脳」とかいってるけど、なんだか左脳って・・・。 (つづく)