折衷主義のカウンセリング理論


精神分析理論(4)

<精神分析の面接療法>

1.自由連想→解釈→洞察

精神分析による面接療法では、「無意識の意識化」を目指す。その基盤は「洞察」である。

(1) クライエント→自由連想(40分ほどの間、心に思い浮かぶままを自由に取捨選択せずに語る)
(2) 分析者→それを解釈
(3) 解釈を聞いたクライエント→洞察(自分の行動のくせや意味、原因に気づく)


分析者は、クライエントによる自由連想を適切に解釈しなければならない。といっても解釈の対象は、語られた言葉や夢のストーリーを解釈するだけではなく、クライエントの身体症状(緊張・爪を噛む等のしぐさ)や表情、いい間違い、声のトーン・表現方法・遅刻・沈黙等々なども含まれる。

解釈の手順としては、まず、クライエントの言語や身体症状による表現から性格分析をおこなう。性格分析とは感情表現のパターンや方法を見つけ出すことで、クライエントにそれを指摘し洞察させる。たとえば、「あなたには抑圧的だ」「あなたは反動形成が強い傾向にある」など。

こうした性格分析をクライエントが受け入れ自己洞察できると、より率直に感情表現をおこなえるようになる。それによって分析の要素が増え、分析者は次に内容分析に入っていく。

内容分析とは、なぜ抑圧しているのか、なぜ抑圧するようになったのか等の無意識裡にある感情内容を意識化することで、さらにクライエントは深い洞察に到達することができる。

しかし「解釈」も、分析者によって多様性がでてくるという問題がある。したがって、初心者がいい加減な解釈(解釈の繁用)によって、クライエントを傷つけることもある。

実例:
ある二十歳の女性が「母親を殺したい」という考えが頭にこびりついて離れなくなった。彼女は母を尊敬しており、母にそのような気持ちを抱く原因が分からず、自分を責めた。しかし母を殺したいという衝動は続き、精神的に不安定になって、現実に適応できずに仕事も辞めた。

精神分析を受けた結果、ある夢からの連想で、彼女は母に恨みをもっていることが明らかになった。彼女はためらったのちにつぎにような経験を話した。

2年前に母と教会に行ったとき、ある若い男性に魅せられてしまった。全く未知の男性でななく、彼女は彼と出会ったことに無上の情熱と喜びを感じた。彼女は母にそのことを話し、「結婚するなら彼のような人としたい」と意思を表明したが、母は軽い気持ちで(母は娘が本気でそう考えているとは思ってもみなかった)、それを否定してしまった。彼女は「紹介もされない人と結婚を望むのはいけないこと」だと分析者に語った。

しかし、彼女の心にとっては重大なことだった。彼女は母の意見を尊重して彼のイメージを払いのけようとした。しかし、なかなか忘れられず、彼のことを思うまいという気持ちと考えたいという願望が、心の内に強い葛藤を起こしていた。それが何ヶ月も続き、彼女はそういった自分を責めていた。そのことを忘れてしばらくたったときに「母を殺したい」という強迫症状が出始めたのだった。

彼女が自分でもわからなかった謎が解け、謎を明らかにすることによって強迫症状は消失した。彼女の両親はこの治療のあと、彼と娘との結婚のために尽力し、その後彼女は彼と結婚して二人の子どもの母になった。


2. 感情転移と抵抗

精神分析の面接療法では、「感情転移」「抵抗」を重視しているのが特徴である。ロジャーズやゲシュタルトなど、他のカウンセリング理論ではまったく問題にしていない。

感情転移・・・
父や母、きょうだいに対してもっている感情を、類似の人に向けることをいう。たとえば父親を憎んでいる人が、男性の分析者に反抗的になる、というようなこと。

初対面では誰でも「防御」によって自分を取りつくろうとする。しかし精神分析特有の寝椅子に横たわって自由連想をすることにより、クライエントの退行を促してその人の生地(本音)を出しやすくする。その人が感情転移によって生地を出してくれることにより、クライエントの家族に対する感情がつかめる。その結果、幼少期の感情を乗り越えるための再体験につながる。

ということで、精神分析では「感情転移」を歓迎する。感受転移には愛情や信頼といったポジティブなものと、憎悪や不信といったネガティブなものがある。分析者は感情転移されることで、クライエントの新たな人間関係のパターン構築のための練習台になることができる。

尚、分析者が感情転移に巻き込まれること「対抗感情転移」といい、それを防ぐため、分析者はクライエントが愛情や怒りをぶつけてきたときに、それに巻き込まれて個人的感情を表出してはいけないという鉄則がある。「カウンセラーが自分個人を出してはいけない」という点はロジャーズ理論でも同様である(これにあまり固執しても、プロフェッショナリズムに堕す場合がある)。


抵抗・・・
たとえば「面接を受けたくない」「治りたくない」といった、分析者とのつながりを拒否する心理。

セッションをすっぽかす・毎回遅刻してくる(顕在性抵抗)、たくさんしゃべるが実のない話に終始する・話をそらす・抽象的な内容(陰性抵抗)などがある。これに気づき、抵抗を除く対処をすることを精神分析では重視する。抵抗があると、分析者とのリレーションがとれず、クライエントの感情表現も素直でなくなり、分析者の解釈も受け入れない。

抵抗は精神分析に限らず、どのようなカウンンセリングの場面でも、クライエントが抵抗を示す瞬間や時期がある。そのためにも、精神分析の「抵抗」の概念と対策を知っておくことは必要だと思う。


 

<精神分析の功績>

精神分析の膨大な理論は、カウンセリング理論だけではなくさまざまな分野にも影響を及ぼしてきた。

そのなかでも、「人の幼少期体験が性格形成の基盤になっている」という指摘は、エリクソンやエリック・バーン、ジョン・ボウルビィなど幼少期体験を重視する理論に与えた貢献は大きい。また、「無意識」や「(種々の)防衛機制」の概念が、精神分析以外の分野に広く応用されていることも精神分析の果たした功績といえる。


<精神分析の問題点と衰退>

精神分析の研究は「事例研究」であって、実験や実態調査によるものではない。サンプルデータが限られており、データを統計的に処理できない。したがって、どこまでが事実でどこまでが推論に基づいた理論であるか・・が曖昧である。また精神分析には概念がひじょうに多く理論体系が複雑なので、習得するには膨大な時間がかかる。

もともと精神分析は神経症の治療のための理論として誕生した。それをそのまま神経症以外の分野に当てはめることに無理がある。1980年のDSM-III(精神疾患の診断と統計の手引き)から「神経症」の概念がなくなり、それに伴い精神分析医の数も減少した。

20世紀に入って精神医学や脳科学の発達に伴い、客観性・科学性に欠け、治療法としてのエビデンスもはっきりしないとして、精神分析は急速に支持を失っていった。

ところで、精神分析関係の図書でいろいろな分析解釈の事例を読んでいると、「なるほど!」と思うケースと「ほんまかいな?!」と思うケースが半々くらいの比率だった。また、フロイトの性の概念の拡張には改めて驚いた。汎神論(神は全てのものに宿る)というのがあるけれど、フロイトは汎性論ね。 


<精神分析の今後>

精神分析はリビドー理論から始まったが、ネオ・フロイディアン(フロム・ホーナイ)や他の分派(ユング・アドラー・エリクソン・ボオルビィ)等は、すでにリビドー理論を用いていない。リビドーに変わって、社会・文化的な見地を理論のなかに取り入れている。今後の精神分析の発展のためには、精神分析の種々概念の厳密な再定義と、個人(個人心理学)に加え、人と人(社会心理学)視点からの発想が必要となるのではないか。


参考図書:

『フロイト・その思想と生涯』(ラッセル・ベイカー宮城音弥訳:講談 社現代新書)『カウンセリングと精神分析』(國分康孝:誠信書房)、『精神分析入門』(宮城音弥:岩波新書)、『カウンセリングの理論』(國分康孝:誠信書房)、『夢分析』(新宮一成:岩波新書)、『心理 療法の進め方・簡易分析の実際』(前田重治:創元社)、『集中講義・精神分析上・下』(
藤山 直樹:岩崎学術出版社)


以上で「精神分析理論」は終了。
拙文におつき合いくださった(モノ好きな)方々様、ありがとうございました。 <(_ _)>

次からは「折衷主義のカウンセリング理論・自己理論(self theory)」(ロジャーズの来談者中心療法の基礎理論)、を不定期掲載の予定。