気分変調性障害限りなく性格に近い?

気分変調障害の診断基準にほぼ重なるけれど、さらに、うつ症状の経過があまりにも長く、ほとんどが思春期や青年期から始まって、ときには少しよい状態の時期もあったりしつつ、何年も、何十年も続くことが珍しくないという抑うつ状態があります。「精神疾患」にかかっているというよりも、もはやその人の「性格の一部」になってしまっていると表現したほうがしっくりくる症状の人たちの存在です。

そんな状況もあって、正式な疾患分類から「抑うつ神経症」「慢性小うつ病」といった、慢性的な気分の落ち込みが続くタイプの抑うつ症状の存在を完全に無くしてしまうのは、米国精神医学会もさすがに「ちょっと不味いんじゃネ?」と思ったかどうか、気分変調性障害とは区別するかたちでの、別の診断基準をつくろうという議論がなされました。

その結果、「抑うつ神経症」「慢性小うつ病」であった「性格的に落ち込みやすい人」のパーソナリティの問題を、正式な「パーソナリティ障害」には分類されない、「特定不能のパーソナリティ障害」の下位分類として「抑うつ性パーソナリティ障害」「受動攻撃性パーソナリティ障害」という、2つの暫定的パーソナリティ障害に分類したのでした。
尚、WHO(世界保健機構)のICD-10(国際疾病分類)の段階では、「他の特定のパーソナリティ障害」に分類しています。
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【抑うつ性パーソナリティ障害」の暫定的診断基準(DSM-Ⅳ)】より
A. 抑うつ的な認知および行動の広範なパターンで、成人期早期までに始まる。以下のうち少なくとも5項目(またはそれ以上)を満たす。
(1)通常の気分は、憂うつ、悲観、快活さのなさ、喜びのなさ、
   不幸感が優勢である。
(2)不適切さ、無価値感、および低い自尊心についての確信が自己概念の
   中心を占める。
 
(3)自分に対して批判的で自責的で、自分で自分をけなしている。
 
(4)くよくよ考え込み、心配してしまう。
 
(5)他の人に対して拒絶的、批判的、非難がましい。
 
(6)ものごとに対して悲観的である。
 
(7)罪悪感または自責感を感じやすい。
B.  大うつ病エピソードの期間中にのみ起こるものではなく、気分変調性障害ではうまく説明されない。
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【受動攻撃性パーソナリティ障害」の暫定診断基準(DSM-Ⅳ)】より
A. 適切な行為を求める要求に対する拒絶的な態度と受動的な抵抗の広範な様式で、成人期早期までに始まる。以下のうち4項目(またはそれ以上)を満たす。
(1)日常的な課題(社会的、職業的)を達成することに受動的に抵抗する。
  (したくないこと、できないことを「できません」と素直に自己主張する
   のではなく、やれない、やらないことで、間接的に抵抗を示す)
 
(2)他人から誤解されており、適切に評価されていないと不満を述べる。
 
(3)不機嫌で論争をふっかけがち。
 
(4)権威ある人、高い地位にある人を、不合理に批判し軽蔑する。
 
(5)明らかに自分より幸福な人に対して嫉妬や羨望、憤りを表現する。
 
(6)個人的な不運を誇張して愚痴を言い続ける。
 
(7)敵意に満ちた反抗と悔恨の間を揺れ動く。
B.  大うつ病エピソードの期間中にのみ起こるものではなく、気分変調性障害ではうまく説明されない。
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つまり上記2つの項目は、昔からあった抑うつ神経症の背景的要因である性格的問題を、症状や行動的特徴だけから記述したもので、一応「気分変調性障害」とは区別されています。しかし、そもそも「気分的に落ち込みやすい性格の人」と「気分変調性障害」とは本質的に別の疾患なのか?について、専門家の間では長いこと議論がありました。
もてあます心Ⅰ-うつ病(1)の「うつ病にもいろいろある」では、抑うつ状態になる精神疾患を、以下のように分類されると示しました。
● 狭い意味の「うつ病「大うつ病性障害(major depression)」=「メランコリー型うつ病(melancholic depression)」 昔ながらの「うつ病」
「気分変調性障害 or 気分変調症(dysthymia)「抑うつ神経症(neurotic  depression)」「慢性小うつ病(chronic minor  depression)」「非定型うつ病」
もともと「気分変調性障害」とおなじくくりだった「抑うつ性パーソナリティ障害(抑うつ神経症・慢性小うつ病)」
軽い症状によるプチうつ病であり、狭い意味でのうつ病(大うつ病)に近い疾患なのか?

それともパーソナリティ障害に近い性格的な問題なのか?
この問題を解明する手だてとして、精神医学・人類遺伝学のKenneth S. Kendler先生の研究グループが、双子研究(約12000組)を使って、疾患に遺伝的要因(生まれ)個別環境要因(育ち)がどのように作用しているかを調査しています。それによって、「生まれと育ち」が原因論的にどのように関連している疾患なのか、あるいは関連していない疾患なのかを推論します。
まず、「パーソナリティ障害(抑うつ神経症・慢性症うつ病)」「大うつ病」との比較において、「生まれと育ち」が原因的に近いかどうか?


結果は、「パーソナリティ障害」の「原因」となっている、遺伝的要因(生まれ)も個別環境要因(育ち)も、同じようにうつ病の要因となっていました。しかしうつ病には、別の遺伝的要因と環境要因が大きく関係しており、基本的に症状的には似ていても、原因論的には別の疾患であることを示唆していました。

つまり、「抑うつパーソナリティ障害(抑うつ神経症・慢性症うつ病)」をベースに、「うつ病」を生じることはあるが、基本的には別の疾患だということを示しているわけです。

抑うつ性パーソナリティ障害(抑うつ神経症・慢性小うつ病):遺伝的要因1(0.63) 個別環境要因1(0.78)


大うつ病性障害
遺伝的要因1(0.32) 個別環境要因1(0.27)
+ 遺伝的要因2(0.48) 個別環境要因2(0.78)

さらに、米国精神医学会が作成したDSMで、精神疾患にあげられている「疾患」の背景には、どのような遺伝的要因が共通して存在しているか、あるいは別々に存在しているかを広範囲に調べたデータがあります。
その結果を見ると、やはり「気分変調性障害」は米国精神医学会のDSM-Ⅴ(精神疾患の分類・診断のマニュアルと基準)では「第Ⅰ軸(疾患)」に分類されていますが、遺伝的要因からその原因論を推論すると、むしろ「第Ⅱ軸(性格)」の範疇に入ると考えた方がよさそうなのです。ついでにいうと、「社交不安障害」もDSM-Ⅴでは「第Ⅰ軸(疾患)」に分類されていますが、これも「第Ⅱ軸(性格)」、つまり性格により大きな問題があると示唆されているのですね。
もともと「気分変調性障害」「慢性小うつ病(chronic minor  depression)」とも呼ばれていたので、うつ病の軽いものと思われがちですが、その実態は「抑うつ神経症(neurotic  depression)」「抑うつ性パーソナリティ障害」とも同じくくりに入るものです。

したがって、上記のデータから推論されることは、気分変調性障害」も疾患というよりは、むしろ「性格的な問題」と捉えた方がよく、疾患である大うつ病とは異なる、かなり治りにくい、難しいタイプのうつ症状であるといえるのでしょう。
つまり、
 狭い意味の「うつ病」「大うつ病性障害(major depression)」=「メランコリー型うつ病(melancholic depression)」: 「定型うつ病」
      ↓
     疾患
  
「気分変調性障害 or 気分変調症(dysthymia)」「抑うつ神経症(neurotic  depression)」
「非定型うつ病」
「慢性小うつ病(chronic minor  depression)」「「抑うつ性パーソナリティ障害」
      ↓
    性格の問題

ということ・・・・なのかもしれません
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参考文献
(米国精神医学会機関誌「アメリカン・ジャーナル・オブ・サイキアトリー /Am J Psychiatry 」(2007/164: 1866-1872 )

「うつ病性パーソナリティ障害と大うつ病性障害との関係:集団ベースの双子研究」

 
(米国精神医学会機関誌「アメリカン・ジャーナル・オブ・サイキアトリー/ Am J Psychiatry」 (2011/168: 29-39)
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