愛という感情状態

脳機能画像の著しい発展により、人の心にさまざまな感情が起きているとき、脳のどの部分がどのように働いているのかが徐々に解明されてきている。


2000年代に入ってから、脳機能の画像測定器「fMRI」を使った実験で、「愛情」についてはどうか?という研究が行われた。

その結果、親子間の情愛であれ、恋愛感情であれ、愛情という感情状態によって扁桃核と前頭前野内側部が不活性化されることが示された。

「扁桃核」は辺縁系と呼ばれている領域にあり、大脳のうちの古い部分である原皮質と古皮質から成っている。系統発生的に古い脳で、主に「本能的行動」を司る中枢といえる。つまり、恐怖感や不安感などのネガティブな感情をつくりだす場所でもある。

「愛情」によってこの部分が不活性化され、不安や恐怖心が減少するというのだ。確かに愛する人の前では、人は不安や恐怖に打ち勝ち、我が身の危険をかえりみず愛他的な行動に出ることができる。

生物は原則的に利己的な行動原理で動くものであるが、「愛情」という感情の影響で、場合によっては自分の利益を犠牲にしてまで愛する者のために動こうとする。

恋人や我が子のために命がけで闘うヒーローの物語は、時代を通して最も人気のあるテーマではないだろうか。それだけ万人に共感を得ることのできる根源的な感情が「愛情」なのかもしれない。

一方、前頭前野内側部には、人間が理性的に人間らしく生きるのに必要な機能が集まっている。主に「理性・人間性」を司る中枢で、自分や他者の感情を認識し、他者の気持ちや事情を思いやったり察することのできる機能でもある。

この前頭前野内側部の機能が「愛情」によって不活性化するということは、自分の気持ちや相手の気持ちを正確に読み取ったり思いやったりする能力が低下してしまうことでもある。場合 によっては、独善的でひとりよがりな情緒反応を引き起こす。

親は親であるが故に、恋人は恋人であるが故に、つまりひじょうに愛しているが故に、しばしば客観性を欠いた行動をとってしまうことになる。他人から見ると、相手の感情を無視してひとりよがりな言動をとったり、身勝手を押し付けたり、少々恥ずかしい行為をしている様を観察することができるが、本人は気づいていない。

発表会で自分の子どもの写真を最前列に陣取って撮ったり、恋人の携帯を盗み見たり、生まれて初めてバラの花束握りしめて電車に乗ったりしてしまうのも、愛情の成せる業である。もっと過激な、ニュースのネタになるような行動へも駆り立てる。

以上のように、自分の利益に反する愛他的な行動も、相手の気持ちを無視したひとりよがりな行動も、「愛情」故の情緒反応であるが、その背景には脳機能という科学的背景があったのだ。

さらに進化論的な見方をすれば、ヒトの遺伝子にこのような行動パターンがプログラムされているということは、そこに自分の遺伝子を残すという生存競争上の有利な点があったからだといえる。

家族愛、恋愛、師弟愛、友愛、郷土愛、愛国心、人類愛 etc.

「愛」といえば「善」であるという肯定的価値判断がなされがちであるけれど、善悪といった価値基準でははかれない行動を引き起こすのが愛という強いエネルギーなのだ。