ナルシシズム(narcissism)1

 

悩みの根源の一つとして、ナルシシズムの問題はとても重要だと考えています。

 

 

ご存知の通り「ナルシシズム」「ナルシシスト」は、ギリシャ神話の美少年ナルキッソスの名前が語源です。ナルキッソスは神ネメシスの呪縛によって、泉に映った自分の姿に恋をしますが、その熱愛は叶うことなく自らの姿に魅入ったまま命を失い水仙(Narcissus)となります。

 

ギリシャ神話の中の登場人物の名前が、精神分析の概念として数例使われていますが、神話や寓話は人類共通の心理的原型の宝庫というだけでなく、ユングがギリシャ神話オタクだったせいもある、などと余分なことを考えてしまいます。

 

ちなみにナルシシズムの他にもギリシャ神話由来のものは、エディプス・コンプレックス、ディアナ・コンプレックス、エレクトラ・コンプレックス、オレステス・コンプレックス、ピグマリオン効果etc. などがあります。

 

一般的に「あの人、ナルシストよネ~」という場合、自撮りをわんさかSNSにupしたり、鏡と何時間も真剣に対座していたり、会話内容がほとんど自分のことに終始していたり、自意識過剰気味だったりの人を指すようです。

 

しかし心理学でのナルシシスト(narcissist)はもう少し複雑で厄介です。

 

ナルシシストの抱える心理的状況がナルシシズム(narcissism)です。

ナルシシズムは、よく「自己陶酔」「自己愛」と訳されますが、その定義は現在も研究者によってそれぞれ微妙に異なり、まだ系統立てた理論としては構築されていません。

 

私がナルシシズムについて学んだのは、昔カウンセリングの幾つかのケースで、ナルシシズム的概念と取り組まざるを得ない状況に直面したことがきっかけです。その後、心因性の精神疾患や悩みにおいて、そのほとんどがナルシシズムの問題抜きには適切な対応ができないと考えるに至りました。

 

ナルシシズムについては、フロイト、ユング、フロム、カレン・ホルナイ、コフート、ネヴィル・シミントン、小此木啓吾、加藤諦三、ネヴィル・シミントン等の考察や研究を書籍で読むことができます。それらの本を何度も読み浸ったに過ぎませんが、現時点で私が理解しているナルシシズムについて、あれこれ考えてゆきたいと思います。

 

「ナルシシズム」と「自己愛」

 

最近では、人の悩みの根源的要因としても、様々な社会問題の誘因としても、ナルシシズムが大きく関係しているという研究が進んでいます。臨床心理の現場においても、ナルシシズムの問題は重要課題と考えられるようになってきました。

 

ナルシシズムは「自己愛」と翻訳されていますが、一般的に使われている自己愛と臨床におけるナルシシズムとは分けて考えたほうが理解しやすいので、ここでは「自己愛」と「ナルシシズム」を以下のように定義して考察してゆきたいと思います。

 

「自己愛」――― 誰もが持っている自己への愛着

「ナルシシズム」――― 自己愛が変異した病理的な自己への執着

 

「自己愛」の基本形態は「セルフ・ラブ」で、「能動的な愛」を自己に向けた心的状態の一つと考えます。これは自己を含め他者も愛することができる能力です。

 

「ナルシシズム」は心的エネルギーが全て自分(身体・感情・利害等)に向かっている状態であり、そこに他者はほとんど存在しません。簡単にいえば、自分だけに関心や情熱が向いている心理状態です。

 

これは「自分だけを愛している」というよりも、自分も他者も愛することができない、愛するという能力が未だ獲得されていない自我の状態と捉えると、これから考察してゆくナルシシストの思考と行動がより理解しやすくなると思います。(続く)