精神科医療では、ふつう「うつ」もしくは「うつ病」というと、基本的には狭い意味での「うつ病」=「大うつ病性障害」を示します。したがって、これ以降の記事内での「うつ」「うつ病」も、基本的にはいわゆるうつ病「大うつ性障害」を中心に考えていきます。

うつ病にどう対応するか薬物療法と心理療法
 
人間でも動物でも何か困難にぶつかると、とりあえず何とかしようと頑張ってやり続け、その状況から脱しようとします。頑張って頑張って、それでダメでもさらに諦めずに頑張り続けてみる。実際にそれで何とかなってしまう場合も結構ありますね。
 
うちのハムスターのガルビー軍曹はケージの外への脱出を決意すると、とことん頑張り抜きます。長期戦を想定して、まず楽な姿勢を保つためにトイレのケースに 昇ってお尻で座り、囚人のように両手で縦柵をつかんで柵を噛み始めます。途中で休憩を挟みつつガジガジガジガジ、こちらが気付いて根負けするまで、20分 でも30分でも諦めずに噛み続けます。けっきょくその頑張りに負けて散歩に出してやります。ところがトム君の方は約5分でガジガジに飽きてしまい、散歩の 時間まで昼寝して過ごします。これは、ひたすら頑張り続けることで何とかなってしまうケースと、諦めて何とかなってしまうケースです‥‥。そうか?
 
しかし前にも書きましたが、マウスの実験などでは、頑張って頑張ってどうしてもダメな状況がある程度続くと、だんだんやる気が失せて、やがて「うつ状態」になってしまうことが知られています。
 

同 じ方向でずっと頑張り続けることが無駄となり、エネルギーの浪費に過ぎなくなってしまうと、生物学的にも生存競争の上で不利になります。そのために、動物にはある程度頑張り続けてもどうにもならないとき、いったん心のブレーカーを落としてしまうシステムがあるようなのですが、それが「うつ病」という状態で はないか? と考えられているわけです。

どう頑張っても、自分の力では仕事がうまく進まない、トラブルが解決できずに深みにはまってゆく。もがけばもがくほど対人関係が悪化してゆき、関係改善から遠ざかっていってしまう。その結果、疲れ果て、やがて無力感や孤立感に陥る・・・。

こ のようなストレス状況によって、不眠になったり、食欲が落ちたり、性欲が低下したりなどして、「生物」として基本的に生命力がない状態になりなす。そうし た症状がますます自分自身への不安をかき立て、やがては深い自信喪失に陥ってゆく・・・ということも少なくありません。自己評価の低下

 
職場や家庭などにおいては、仕事なをこなす能力が著しく低下してしまうために、うつ状態で動けなくなっているうちに仕事がどんどんたまってしまう。それだけ でもストレスですが、仕事をしている人であれば上司から叱責されたり、部下に呆れられたり、また家庭の主婦であれば、家事放棄として家族から文句が出てき たり・・・そうした他人からの対応を受けることにもなるでしょう。そうした心理的圧力によって、さらに傷つくことになってしまうのです。心理的ストレス増大
 
物事の認知の仕方もネガティブな側面にばかり目がいくようになります(ネガティブ・バイアス)。考え方も悲観的になり、いろいろなことすべてが悪い方へと向かっているように感じられ、ますます気分が沈んできます。
ネガティブな認知様式
 
その結果、行動も消極的・引きこもりがちになってしまい、普通に行動していたら出会えたであろう良い事も起こらなくなります。対人関係はよりぎくしゃくしがちになり、より疎遠になります。 つまり、消極的・回避的な行動パターンには、微妙にポジティブな体験を減らし、微妙にネガティブな体験を増やしてしまういう傾向があるために、ますます心が沈みがちになっていきます。
消極的・回避的行動パターン
 

こうしてさまざまな領域で、うつ病の特徴であるネガティ・スパイラルに陥っていくことになります。こうなってしまうと、そこから抜け出すのは容易ではありません。ネガティブ・スパイラルにが続くことで「うつ病」となり、医学的な治療の対象となるわけです。

 
では、うつ病の治療とはどういうものでしょうか?
 
基本的にうつ病は「心のブレーカーが落ちた状態」のようなものですから、いったんは休止して、どこに無理があったのかをよく調べて整理し、その問題点を解消していきます。

真っ 先に必要なのはストレス源からいったん遠ざかり休養することですが、それと並行して、「うつ病」を維持・悪化させている悪循環を断っていくということをし ます。うつ病のネガティブ・スパイラルを解消することを目的になされる介入方法として、主に次の2つの方法があります。
 
【 薬物療法 】
 

「抗うつ薬」を中心とした薬物療法です。抑うつ症状を脳内のモノアミン枯渇状態(モノアミン仮説)と捉え、薬によって脳内モノアミン系を一方的に賦活(フカツ:物質の機能・作用を活発化)します。「うつ病」になってしまった背景にある問題が、仕事であろうが、対人関係であろうが、それには関係なく、とにかく物理的に脳内モノアミン系を一方的に賦活してしまおうというわけです。

 
【 心理療法(心理社会的介入)
 
「認知行動療法CBT:cogntive behavior therapy)」、「対人関係療法IPT:inter personal therapy)」他、などの心理療法。基本的には、現在の対人関係にある問題、対人関係における認知の歪みの問題などを整理し修正していくことで、うつ病のネガティブ・スパイラルを断っていくことを目指します。
 

次回から、薬物療法と心理療法についてもう少し詳しく説明します。