GO / NO GO課題

GO / NO GO課題」(3)

 

 「群れ社会」と「自我」と「46野」の密接な関係


ヒトの前頭連合野は霊長目のなかでもずば抜けて発達しており、自我の座ともいわれる。そのなかでも、(1)で触れた「GO/NO GO課題」で発達状態のわかる前頭連合野の46野(自我によるコントロール機能)は、4000万年前ころに出現したという。

ちょうどその頃に、霊長類でもヒトやチンパンジー、ゴリラ、ニホンザルなどの真猿類が生まれた。真猿類は46野をもっているが、それ以前からいた原始的なキツネザルやロリスといった原猿類に46野は存在しない。

46野は、様々な情報処理の終点であり、また起点でもある、脳のシステムを統合している部位であることが分かってきた。この、システムを統合しながら、精神活動の基本的な役割を果たす機能を「ワーキングメモリ」と呼ぶ。

ワーキングメモリというのは特殊な短期記憶の一種だが、普通の短期記憶と異なり使うことを前提に記憶される。普通の短期記憶は必ずしも使われるとは限らず、意味もなく一瞬だけ記憶されてすぐに忘れることも多く、脳の中ではよく起きている。

一方で、このワーキングメモリの短期記憶は、たとえば会話でも、ちょっと前に自分の言ったことや相手の言ったことを短期的に(数秒から数分)憶えていて、それに添った会話を続けることができる、または、買い物中に品物の値段を短期的に記憶しながら計算し、支払い金額の合計を出す等、「使うことが前提の短期記憶」をいう。

「GO/NO GO課題」によって46野が、様々な情報を保持しながら、情報の選択・整理・統合を行ない、目的情報の判断・決定・制御の出力をなすという、ワーキングメモリの中心的役割を担っていることが明らかになってきている。

ではなぜ、原猿類に46野がなく、真猿類にだけ46野が進化したのか。
この問いにはまだ明確な答えは出ていないのだけれど、ある程度の推測ができるのではないかと思う。

原始的な原猿類は単独生活をし、自我を獲得していない。しかし真猿類のほとんどは複雑な群れ社会をつくって生活しており、自我を獲得している。

つまり、約4000年前に社会をつくるサルが出現したと同時に、自我そのものといえる「自己の行動を的確に判断しコントロールする機能」である46野も出現した、ということになる。群れ社会自我46野は相互作用か連鎖かはわからないけれど、ひじょうに密接なつながりがあるということなのだ。

群れ社会で共生してきた人類は、複雑で雑多な社環境のなか、多様な人々と関わりながら大人になってゆく。それは、コミュニケーションという手段によって脳にたくさんの刺激を受けながら、前頭連合野のさまざまな機能を発達させていくことでもある。

現在、こうしたコミュニケーションを経験できず,前頭連合野が適切な成長を遂げられない子どもが増えている。それはとりもなおさず、未熟な脳を抱えたまま大人になっていく人の確率も増えることを示唆している。

大切なコミュニケーションの機会を子どもたちの世界からこれ以上消失させてはいけないことを、大人たちはもっと認識する必要がある。今後取り組むべきことは、家族、地域、学校が連携し、子どもたちのために豊かなコミュニケーションの場を想像して積極的に想像していくことではないか。(つづく)