脳に投影される世界 (6)


今回は、左脳の「都合のいい解釈機能や作話機能」について、もう少しつっこんでみる。(もちろん、左脳・右脳が正常に機能している場合、認知や思考は脳梁を通じての左脳・右脳の相互作用によって生じているわけであるが。)

『脳のなかの幽霊 』『脳のなかの幽霊、ふたたび 見えてきた心のしくみ 』
(角川書店) V・S・ラマチャンドラン (著), サンドラ・ブレイクスリー (著), 山下 篤子 (翻訳)

上記の2冊も脳の複雑怪奇な仕組みを解説したものとして、ひじょうに面白い本である。

インド人の神経科学者ラマチャンドランが、脳損傷患者の様々な症例を手がかりに、脳の仕組みの不思議を解き明かしていくのだが、この先生のお茶目っぷりもなかなかのもので楽しめる。

無神論の右脳と有神論の左脳を持つ分離脳の患者さんについて、先生、「この人が亡くなったらその魂はどうなるかな、左脳は天国へ行き、右脳は地獄に堕ちるのかな?」などとのたもうている。 

 


「病態失認」についての実験

「病態失認」状態にある患者さんは、右脳が脳梗塞を起こしており、身体の左側に麻痺がきていることが多い。しかし本人は頑としてその事実(麻痺)を認めようとしない・・・ということが起きる。ほぼ完全に知能は正常であるし意識もはっきりしており、幻覚も妄想もない状態なのに、なぜか自分のその病気だけは頑固に否認するのだ。

研究対象の、「病態失認」にある患者Aさんは、右脳の損傷のために左麻痺があり、左腕も左脚も動かず歩けないので車いすに乗っている。
その患者さんにラマチャンドラン先生が質問していく。

ラマ  「Aさん、歩けますか?」
Aさん 「ええ、もちろん」
ラマ  「手を出してください」
Aさん 「はい。」
ラマ   「右手は動かせますか?」
Aさん 「はい。」
ラマ  「左手は動かせますか?」
Aさん 「はい。」
ラマ  「右手も左手も同じように力が入りますか?」
Aさん 「はい。」
ラマ  「右手で私の鼻を指してください。」
Aさん (指示に従い右手の人差し指でラマ先生を指差す)
ラマ  「左手で私の鼻を指してください)
Aさん (もちろん麻痺した方の左手は動かず、下にだらんと伸びたまま)
ラマ  「私の鼻を指していますか?」
Aさん 「はい。」
ラマ  「指しているのが見えますか?」
Aさん 「はい。先生の鼻から2インチほど離れたところを指していますよ。」

当然Aさんには精神病的な症状(幻覚や幻視)などはない。至って正常な精神状態である。
それなのに、こんな妄想的なことを平然と言ってしまうのだ。

さらにラマチャンドラン先生は、別の「病態失認」の患者Bさんに、ある2つの作業のどちらかを選んでもらい、その作業をやってもらう。

一つは片手でもできる、「電球を固定されたソケットにとりつける(報酬5ドル)」という作業

もう一つは、両手を使わなければできない、「靴紐を結ぶ(報酬10ドル)」という作業

左手の利かないBさんは、なんと、報酬は多いが両手を使わなければできない「靴ひもを結ぶ」作業を選んだのである。

当然、どんなに努力しても片手で靴ひもは結べない。しかし無駄な努力であるにもかかわらず、靴ひもを結ぶための作業を続けるのであった。

さらに驚くのは、失敗して出来ないことがわかっているはずなのに、その10分後にまた同じ課題をBさんに与えると、またしても両手を使わなければならない「靴ひもを結ぶ」作業に取りかかろうとするのだ。

そこでラマチャンドラン先生はBさんへ尋ねる。

ラマ  「Bさん、さっき同じ作業をやったのを憶えていますか?」
Bさん 「ええ、憶えています。」
ラマ  「さっきはどうでしたか?
Bさん 「さっきは、先生が靴紐を結ぶように言ったから、両手を使ってちゃんとできましたよ。」

ラマチャンドラ先生は、Aさんがわざわざ「両手を使って」と言っているのにひっかかった。 

ふつう説明するのに、わざわざ「両手を使って」などと言うだろうか?  
もしかしたら、このAさんは無意識的に、左手が麻痺していることに気がついているのではないだろうか?

そこで「カロリックテスト(温度刺激検査)」という方法で一時的にAさんの「病態失認」症状を解除する。

その状態でAさんに尋ねると、実際Aさんは病態失認が解除されている間、「脳梗塞になったその日から、ずっと麻痺があることに気づいていた」ことが確認できたのである。

つまり、潜在意識では麻痺を認識しているのだが、左脳のなんらかの方向付けけによって、絶対に麻痺を認めないという「病態失認」状態を引き起こしているらしいのである。


後催眠暗示と理由付け

さらに、こんな実験もある。(健常者に対する実験)

被験者に催眠術をかけて、深いトランス状態に入ってもらう。
催眠状態にある間に、被験者には「あなたは目覚めた後で、私が手を叩くと、窓を開けに行きます。」と暗示を与える。

さらに、この暗示を忘れるように暗示をかけたうえで、催眠から覚醒させる。 そして催眠術者が手をパチンと叩くと、被験者は暗示どおりに窓を開けに行く。そういえばこの後催眠暗示は、よく推理小説のトリックなどに使われたりする。

この時に、被験者に「なぜ窓を開けたのか?」と聞くと、

「新鮮な空気を吸いたくなったから」
「部屋が暑かったから」
「外の景色を見たくなったから」


とか、いかにもそれっぽい理由を言う。 
しかも、本人は本気でそれが理由だと思っている。
これも左脳の、「都合のいい理由付け・解釈機能」あるいは「もっともらしい作話機能」が関係している。


人間の心にはこういう性質自分の心の動きや行動の本当の理由(動機)を知っているわけではないのに、知ってるかのように思い込んでしまう、という性質」がある。

これまで揚げてきた数々の実験(といっても、ほんの一部であるけれど)を通じて、左脳の「でっちあげでも無理矢理でもいいから、都合よくものごとに方向性をつけて理解してしまおう、あるいはある方向に添って解釈してしまおう、とする機能(それに合わない事実はねじ曲げたり、無視したり、否認したりしてしまう機能)があることが示唆された。

そして、左脳のそうした傾向性は、右脳の無解釈による「つっこみ機能」を失ってしまうと、暴走して「でっちあげ的な作話をこしらえる」ことも分かってきた。

健常者でも多かれ少なかれ、無意識のうちに自分に都合の悪い事実を否認し、都合の良い理由をでっちあげてそれを信じ込んでしまう、というところがある。

一方、右脳のもつ認知機能は、非言語的(完全ではない)ではあるけれど、より全体的・瞬間的・直感的・無意識的洞察力に優れていることが伺える。

最後にとってつけるのだけれど、もしかして、俗にいう第六感や虫の知らせ、シンクロニシティなどと言われるものは、左脳に邪魔されない右脳の認知機能によるものかもしれない、などと思ってしまう今日この頃なのである。

いやぁ、脳って本当に面白いもんですね~!  (おわり)