脳に投影される世界 (5)


前回、分離脳実験によって左脳が勝手な解釈を加えることについて書いたけれど、左脳に関しては次のようなことも分かっている。

記憶課題についての実験では、右脳と左脳を別々に調べてみると、左脳「ありもしなかったことを、あたかも実際にあったかのように憶えている、と勘違いしてしまう」といった勘違いが多くなるのだ。 それに対して右脳は間違えることはない。

つまり、左脳には「世界」を理解し方向付けをしよう、多少のでっち上げ的な当て推量でもいいから都合のいい解釈をつくってしまおう・・・
というような性質があるのだ。なので、記憶が曖昧なところがあると、都合のいい記憶を当て推量で作り出してしまい、それなりに体裁を整えてしまうので「記憶間違い」が起きることになる。
 
記憶が間違いを起こすことは、以前の記事「記憶のつく嘘」にも書いたけれど、それは左脳のやらかしていたことなのだった。

さらに、次のような実験も行われた。

左脳と右脳との会話

ポール.Sというてんかん患者は分離手術の後、可塑性によって右脳にわずかながら言語を処理する能力が発達した。
彼の右脳は単純な単語だけではなく、複雑な言葉による指示を理解でき、また質問に対しても、左手で文字を綴って答えることもできたという。

それによってガザニガと共同研究者は、ポールの左脳と(本来は言語機能の無かった)右脳の両方と会話ができるようになった。

右脳と左脳の両方と会話するって・・・・・そう、そういうことなのだ。

ポールの左脳「将来何になりたいか?」と尋ねると、彼は「製図家」と答えた。

同じように右脳に尋ねると、彼は「カーレーサー」と文字を綴った。
さらに右脳は、彼の好きなTVタレントや好きな女性や食べ物のことなどを綴ったという。

細心の注意を払って右脳に質問するたびごとに、左脳に「今なんて質問しましたか?」と聴くと、左脳は「何も分からない!」と答えたという。それでも右脳の方は、右脳の支配する左手によって質問に答え、文字を綴っていた。

ガザニガは、ポール・Sの二つの「自己」を発見したときの ことを次のように語っている。

「私
たちは何か厳然とした真実を掴んだように思え、互いに見つめ合った。 一方の右半球(右脳)がそれ自身の感情や意見を述べたのです。
話のできるもう一方の半球、すなわち左半球(左脳)は、一時話すことを忘れ、 その物言わぬパートナーが自分の見解を表わすのを見ていた。」

左脳、右脳の異なる感情

別の分割脳の患者による実験では、左右の脳の感じている情緒面への質問を行った。

彼が子供の頃にいじめられていた記憶についてどう感じているかを尋ねた。
すると、左脳は無関心であったと答え、右脳はそのことに対してまだ怒りを感じていると答えた.

また、自分自身をどう感じているかとの質問に対しては、
左脳は、まだ自分は十分ではないと答え、右脳は自分が好きだと答えた。

こうした様々な実験の結果は
左脳と右脳それぞれに、気分や、感情、意見を表出することのできる別々の心的システム があることを示唆している。

左脳の「都合のいい解釈機能や作話機能」
右脳の「潜在的な認知の無意識的なプロセス」

左脳、右脳それぞれ別の感情表出

左右二つの脳による異なる認知システムの存在は、何を意味するのか?

自分で「私」だと認識しているものや意識しているものは、左脳による「何らかの方向性によって都合よく理解・解釈しようとする機能」がつくりだした幻想にしかすぎないのではないか? 

左脳に都合よく解釈されることで、右脳の認知する「より、ありのままに近い世界」の幾分かを覆い隠されてしまっているのではないか?

などと激しく妄想してしまうような、摩訶不思議な人の脳の仕組みなのである。。。