脳に投影される世界 (2)


ロジャー・スペリーの「分割脳実験」 

視覚において、左視野は右脳右視野は左脳が情報を処理している。また、触覚において左手は右脳、右手は左脳が情報を処理している。

 

では、言語中枢を持つ優位半球である「左脳」と、言語中枢を持たない非優位半球である「右脳」では、その認知機能にどのような違いがあるのか。

 

言語中枢を持たない「右脳」では、鉛筆やリンゴなどのモノを見せられても、それが何なのか言葉で表現することができない。


たとえば、左右の脳が完全に分断された分割脳の患者さんに、右目を閉じてもらって左目だけで鉛筆を見てもらうと、それが何であるかを説明できないのだ。

このことから「右脳」は、言語的な認識や表現の能力がないのだから、物事を識別判断する認知的機能もないはずだ、と考えられていた。つまり、鉛筆やリンゴを見ても、なんだか細長い物体、なんだか丸くて赤い物体(この説明自体も言語化されているが)のように、見たまんまのモノとしか認知できないのではないか、というわけ。

 

そこで脳梁を切断し、左脳右脳が完全に分断された状態の患者さんを使って、神経心理学者のロジャー・スペリーは次のような実験を行った。


脳梁が分断された分離脳の状態では、左脳と右脳のあいだでの情報交換が完全に遮断される。そこで、この分離脳患者さんに対して刺激が右脳だけに届くようにし、右脳の認知機能を調べる。

たとえば、鉛筆、消しゴム、リンゴといった単語の書かれたカードを、瞬間的に左視野(右脳)に見せて、(机の上に置かれた)その単語が意味する実物を手探りで探し、単語と同じモノを選択してもらう(同定)。



この課題を成功させる為には、「単語の読解」と「単語と(それが意味する)物事の選択(同定)」という言語中枢が関与すると考えられる高次脳機能が必要となる。

普通に考えると、単語の意味を理解してモノを同定する作業は、『意識的な言語機能を持たない非優位半球「右脳」』には不可能と考えられる。

しかし、『左視野(単語の瞬間呈示)→右脳(単語の読解)→左手(モノの触覚的同定)』という実験で、分割脳患者は見事に単語と一致する物を探り当てること(同定)に成功した。

不可解なことに、右脳によってこの課題を成功させた分割脳患者は、「自分が何という単語を見たのか」について言語による説明が出来ず、「単語なんて見えなかった」「何となく何か見えた気がする」としか答えられなかった。つまり、左視野(右脳)で瞬間呈示された単語を見て、それを自覚的に認識することができないままに、自動的に左手が動いて正しい物を選択したということになる。   

正しく選択できても、本人にはなぜそれを選択したのか説明することができないのだ。

この事は、本人が明瞭に意識していない知的作業の存在を意味しており、言語表現できない認知機能の過程を証明している事になる。

「自分が何を見て何をしているかを正確に言葉で表現できないのに、正しく課題を成し遂げることが出来る」という理屈に反する、無自覚的、無意識的な知性(言語中枢に依存しない認知)の存在が、この分割脳患者の認知機能の実験から推測できる。

また、こうした実験を繰り返すうちに、右脳が物を同定して正解した後に、左脳がそれを観察して右脳に呈示された単語を推測する、という普通の認知とは正反対の順序で物事が認識されることがあることも分かった。


つまり、なんだかよく分からないうちに左手でリンゴを掴んでいるのを見て、「リンゴって書いてあったんじゃね?」と左脳がしゃしゃり出て当て推量を行うのである。
(つづく)